聞いていて悲しくなった。市庁舎建設基本構想案の内容説明会で、検討委員会の菊森淳文会長に対して、参加者から「あなたは壱岐の事情を知らないのに、この委員会の会長を引き受けたのではないか」という非難の声があったことだ。
この基本構想案を読めば、菊森会長がいかに真剣に壱岐のことを考えているのかがよく判る。壱岐市からの諮問に対して、現時点で考えられる最善の方策を探り、住民の立場に立った意見をまとめた。難しいメンバー構成の中で見事な手腕とリーダーシップを発揮して、答申をきっちりと作り上げた。
2011年には壱岐市観光振興計画策定委員会委員長を務め、昨年度は他にも長崎県庁跡地活用検討懇話会副会長、佐世保市競輪事業経営等検討委員会会長などで主導的な役職を兼務している「公的委員会のプロ」。その肩書にふさわしい仕事ぶりだった。
冷静な判断をするためには旧4町の事情など、むしろ知らない方が良い部分もある。その菊森氏に対して、答申された基本構想案が自分たちとは違う考えだからといって「壱岐の事情を知らないのに」と非難することは、「よそ者は黙っていろ」と言っているのに等しい。
建設に関しての賛否を論議するのは市民として当然のことで、建設など必要ないと考えている人も多くいるだろうし、本庁舎を郷ノ浦から移転させることなど絶対に認められないという強い思いの人もいるだろう。だが、それを島外者に対しての批判、排他的な考え方にすり替えてしまうのは、あまりにも悲しい。
「よそ者」が俯瞰(ふかん)の立場で壱岐を見ると、島民には見えていなかったもの、気付いていなかったものが発見できることも多いはずだ。それを頭ごなしに拒絶していたら、新たな発想、発展は生まれてこない。
「よそ者」の考え方にも、まずは耳を傾けてもらいたいと、「よそ者」である私は心から願っている。