
俳人、河合曽良(1649~1710)の317回忌となる法要が命日の22日、勝本町、能満寺近くの墓前で行われた。
河合曽良は松尾芭蕉の蕉門十哲の一人。幕府の巡見使として訪れた壱岐で病に伏し、対馬へ向かう一行と別れ、勝本浦の海鮮問屋に留まり客死したとされる。
法要は「壱岐勝本曽良の墓守」(蓑田直美世話人会代表)が主催。わかば句会、あしべ文芸、みちしお短歌会の会員ら8人が参列して線香を捧げ、手を合わせた。
墓前でそれぞれ献句(下記一覧)し、句への想いを語った。
今年も最後には、オカリナサークル「音つむぎ」の演奏に合わせ、河合曽良が好んだとされる卯の花にちなみ、「卯の花の、匂う垣根に」で始まる唱歌「夏は来ぬ」と「ふるさと」を皆で歌った。
芦辺文化協会文芸部長の加藤武さん(71)は「各港の俳句ポストには曽良のことを書いた句が結構あった。芭蕉十哲の一人で、奥の細道に同行した人が壱岐で亡くなっているのは、観光の大きな資源。曽良さんのことを広くPRしていきたい。島外からの俳句ファンがお参りに訪ねて来ているので、我々が守っていかなければならないと思う」と話した。































